大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

宇都宮地方裁判所 昭和36年(ワ)183号 判決 1965年7月12日

原告 農林漁業金融公庫

被告 白井孝

主文

被告は、原告に対し、金一五三、二六八円および内金一三九、二六三円に対する昭和三四年一〇月一六日から完済まで金一〇〇円につき一日金四銭の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、被告の負担とする。

第一項は、原告が金五〇、〇〇〇円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

第一、当事者双方の申立

一、原告代理人は、主文第一、二項と同旨の判決および仮執行の宣言を求めた。

二、被告代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二、当事者双方の主張

一、原告代理人は、請求原因および被告の主張に対する反論としてつぎのとおり陳述した。

(一)  原告は、農林漁業振興のため長期・低利資金の融資を目的として農林漁業金融公庫法にもとずいて設立された特殊法人である。

(二)  原告は、昭和三一年四月一二日付証書により、訴外那須畜産農業協同組合(以下訴外組合という)に対し、左記約定により事業資金四、三〇〇、〇〇〇円を貸し付け、亡白井彦一(以下訴外彦一という)ほか一一名は、訴外組合の右債務を連帯保証し、訴外栃木県信用農業協同組合連合会(以下県信連という)は、右債務を保証した。

(1)  利息 年七分五厘

(2)  元金の償還および利息支払の方法

一五回の年賦払とし、昭和三三年から昭和四七年まで毎年九月一日限り金四八七、一三五円宛支払う。

(3)  繰上償還の特約

訴外組合が年賦金の支払を怠つたり、その他一定の事由があるときは、期限の利益を失い、原告は、貸付金のうち期限未到来分の全部または一部につき繰上償還の請求ができる。

(4)  遅延利息

年賦金については弁済期日の翌日から、右(3) による繰上償還の請求がなされた場合において、原告の指定する期日までに貸付金およびこれに対する右期日までの約定利息の支払をしないときは、右金員につき右期日の翌日からそれぞれ金一〇〇円につき日歩金四銭の割合とする。

(三)  訴外組合は、第一回年賦金支払期日前の昭和三二年一月一四日、本件貸付元金のうち金九八、五〇〇円を弁済したので、当初の貸付額金四、三〇〇、〇〇〇円から右金員を差し引いた残額金四、二〇一、五〇〇円があらためて貸付元金とされ、訴外組合が前期約定の毎期に支払うべき元利金の年賦金額はつぎのとおりに変更された。

(1)  第一回年賦金(昭和三三年九月一日分) 金四七五、九七七円

(但し元金償還分金一六〇、八六四円、利息償還分金三一五、一一三円)

(2)  第二回以降の年賦金 金四七五、九七六円

(四)  訴外組合は、右約定にもとずく第一回年賦金の支払をしないので、原告は、当時組合から預り保管中の金七五二円を右年賦金のうち元金償還分金一六〇、八六四円に、同じ金三、三六三円を同じく利息償還分金三一五、一一三円にそれぞれ繰入充当したので、第一回年賦金残額は、金四七一、八六二円となつた。

(五)  昭和三四年三月二日、原告は、保証人である県信連から右第一回年賦金の残額金四七一、八六二円につき、その二割に相当する金九四、三七二円の保証弁済を受けたので、その残額は金三七七、四九〇円となつた。

(六)  訴外組合は年賦金の支払を怠つたことにより期限の利益を失つたので、原告は、昭和三四年三月二〇日、訴外組合に対し、前記約定にもとずき払込期日を同年四月一五日と定めて内容証明郵便をもつて本件貸付金のうち期限未到来分金四、〇四〇、六三六円につき繰上償還を請求し、さらに右金員に対する第一回年賦金弁済期日の翌日である昭和三三年九月二日から右指定期日までの年七分五厘の割合による約定利息金一八七、六四〇円の支払を求めた。

(七)  昭和三四年一〇月一五日、原告は、県信連から繰上償還請求貸付元金四、〇四〇、六三六円につきその二割に相当する金八〇八、一二七円、右貸付元金に対する約定利息金一八七、六四〇円につきその二割に相当する金三七、五二八円の各保証弁済を受けたので、繰上償還請求貸付元金の残額は金三、二三二、五〇九円、延滞約定利息の残額は金一五〇、一一二円となつた。

(八)  右のとおりであるから、訴外組合は、原告に対し、前項の保証弁済のなされた日の翌日である昭和三四年一〇月一六日以降つぎの債務がある。

(1)  第一回年賦金残額のうち保証弁済を受けた残額

金三七七、四九〇円

(2)  第一回年賦金に対する保証弁済前の残額金四七一、八六二円に対する昭和三三年九月二日から昭和三四年三月二日までの金一〇〇円につき一日金四銭の割合による遅延利息

金三四、三五一円

(3)  右(1) の金員に対する昭和三四年三月三日から同年一〇月一五日までの金一〇〇円につき一日金四銭の割合による遅延利息

金三四、二七六円

(4)  繰上償還請求貸付元金四、〇四〇、六三六円につき保証弁済を受けた残額

金三、二三二、五〇九円

(5)  右繰上償還請求金に対する昭和三四年四月一六日から同年一〇月一五日までの金一〇〇円につき一日金四銭の割合による遅延利息

金二九五、七七四円

(6)  右繰上償還請求金に対する約定利息金一八七、六四〇円につき保証弁済を受けた残額

金一五〇、一一二円

(7)  右約定利息金一八七、六四〇円に対する昭和三四年四月一六日から同年一〇月一五日までの金一〇〇円につき一日金四銭の割合による遅延利息

金一三、七三五円

(以上合計金四、一三八、二四七円)

(8)  右(1) (4) (6) の合計金三、七六〇、一一一円に対する昭和三四年一〇月一六日以降の右割合による遅延利息

(九)  昭和三三年一〇月三〇日、訴外彦一は死亡したが、同人の長男で被告の実父である訴外白井正一がすでに昭和一九年七月一〇日に死亡していたので、被告が弟妹とともに代襲相続により訴外彦一の相続人となり、その相続分は二七分の一であつた。

(一〇)  したがつて、被告は、原告に対し、訴外彦一が存命していたとすれば連帯保証人として原告に対して支払義務を負う金四、一三八、二四七円および内金三、七六〇、一一一円に対する金一〇〇円につき一日金四銭の割合による遅延利息の二七分の一にあたる金一五三、二六八円および内金一三九、二六三円に対する右割合による遅延利息の支払義務を負つているので、その支払を求める。

(一一)  被告は、訴外組合の設立は、組合員として出資申込をしたとされている者のうちに虚無人や単に名義をかしたにすぎない者などが含まれているとの理由で無効であると主張するが、訴外組合は、農業協同組合法の定める設立準備会、定款作成、創立総会、栃木県知事による設立の認可等の適法な組合設立の手続を経てなされた設立登記によつて農業協同組合として成立したのであるから、被告は、本訴において、訴外組合設立の無効を主張することはできない。すなわち、農業協同組合法には設立無効の訴に関する規定がないが、中小企業等協同組合法第三二条には商法第四二八条の規定を準用する旨の規定があるところ、農業協同組合は、中小企業等協同組合法により設立される各種協同組合と同じく終戦後新たに民主的組合員協同組織として認められたものであつて、両者を比較してみると、組合員たる資格を異にするのみで、設立方式、組織、管理方式、事業目的、監督手続等については両者にほとんど差異がなく、その法律的性格は全く同一のものというべきであるから、特段の理由のないかぎり、両者の法律上の取扱を区別すべき理由はなく、したがつて、組合設立無効の訴に関する中小企業等協同組合法の右規定は、農業協同組合についても当然適用があるものと解すべきである。そうであれば、被告としては、訴外組合設立無効の訴を提起しないかぎり、その無効を主張することができないわけである。

(一二)  仮に訴外組合につき設立無効の判決がなされても、右判決は法律効果を創設する形成判決にほかならず、中小企業等協同組合法第三二条により準用される商法第四二八条第三項により右判決以前に生じた訴外組合と組合員ないし第三者との間の権利義務に何ら変更をもたらすものではないから、被告の債務にも何ら影響を及ぼさないと解する。

(一三)  仮に被告が本訴で訴外組合の設立無効を主張することができるとしても、被告が設立無効の理由として主張するものは、訴外組合の設立を無効ならしめる理由とはならない。すなわち、被告主張のように、訴外組合の組合員の一部が現実に出資金の払込をしなかつてとしても、それは何ら訴外組合の設立の効力を左右するものではない。農業協同組合法第六二条第二項は、行政庁の設立認可後、遅滞なく第一回の出資払込が行われるべきことを定めているが、右規定は訓示的なものであつて、これに違反して出資払込未了のまま設立登記がなされても、組合理事の責任が問われるのは格別、組合設立の効力自体には何ら支障がない。また、被告主張のように、訴外組合の組合員とされている者のうちに虚無人、仮装組合員が含まれていたとしても、訴外組合の設立に際しては法定の一五名が発起人となり、創立総会にも三〇名以上の組合員が出席して設立を決議しているのであるから、右組合の設立の効力には何ら影響がないものといわなければならない。

(一四)  被告は、訴外組合の設立、運営に尽力した訴外彦一の代襲相続人であるが、その被告が訴外組合が設立されてから数年を経過した今日になつてその設立の無効を主張するのは、禁反言の原則あるいは信義誠実の原則に反するというべきである。

二、被告代理人は、請求原因に対する答弁および被告の主張として、つぎのとおり陳述した。

(一)  請求原因(一)記載の事実は認める。同(二)記載の事実は否認する。同(三)ないし(八)記載の事実は知らない。同(九)記載の事実は認める。訴外組合が原告主張のとおり農業協同組合法の定める設立の手続を経て設立されたことは認める。

(二)  訴外組合の設立は、つぎのような理由によつて無効であるから、同組合は有効に法人格を取得しておらず、したがつて原告と訴外組合との間に原告主張のような消費貸借が成立した事実はない。仮に原告と訴外組合との間にそのような消費貸借が成立したとしても、同組合の設立が無効である以上右消費貸借も無効である。すなわち、訴外組合の設立に際して組合員として出資申込をしたとされている者のうちには、虚無人、本人の知らぬ間に名義を冒用された者、名義をかしたのみで真実出資の意思のない者が入つていたので、組合員と資本から組成される農業協同組合の性格からいつて、その設立は無効といわなければならない。

(三)  中小企業等協同組合法第三二条は、組合の設立につき商法第四二八条の規定を準用する旨を規定しているが、農業協同組合法にはかかる特別規定がないので、農業協同組合の設立については、何人もいつでも(設立無効の訴を提起するまでもなく)その無効を主張できるといわなければならない。

第三、証拠関係<省略>

理由

一、被告は、訴外組合の設立は無効であるから、同組合は有効に法人格を取得しておらず、したがつて、原告から原告主張のような金員を借り受けることができなかつたと主張するので、まずこの点について判断する。

農業協同組合法には、中小企業等協同組合法第三二条のような組合の設立無効に関する規定を欠いているので、農業協同組合の設立については、中小企業等協同組合法にもとずいて設立される協同組合の設立についてと異なり、商法第四二八条(中小企業等協同組合法第三二条により準用)の規定するような設立無効の訴を提起するまでもなく、何人もいつでもいかなる方法によつても組合の設立が無効であることを主張することができると解する見解もある。しかし、このように解すると、組合と組合員ないし第三者との権利義務関係が不安定なものとなつて、法的安定を著しく害することが明らかである。しかも、農業協同組合と中小企業等協同組合法にもとずいて設立される協同組合とを比較してみても、組合員の資格、事業内容の一部こそ異るが、いずれもその行う事業によつて組合員の事業または家計の助成をはかることを目的としてほとんど同一の手続によつて任意に設立され、組合員が任意に加入・脱退することができる団体(社団法人)であり、行政庁による同様な行政的監督を受けるのみならず、その行うことができる法定の事業にも共通するもの(とくに組合員に対する事業資金の貸付、組合員の預金、定期積金の受入など)もあるので、その各組合設立無効の主張方法につき別異の取扱をすべき実質的な理由を認めることができないから、中小企業等協同組合法第三二条の規定は、農業協同組合にも類推適用されるものと解するのが相当である。このように解するならば、農業協同組合が農業協同組合法所定の手続を経て設立された後は、その設立手続に設立無効の原因となるような瑕疵がある場合でも、組合員または理事において設立無効の訴を提起し、設立を無効とする判決を受ける以外の方法では、組合設立の無効を主張することができないといわなければならない。(なお組合設立無効の判決があつても、組合設立後右判決までに組合と組合員ないし第三者との間に生じた権利義務関係は遡求的に効力を失うことはないと解する。)

訴外組合が農業協同組合法の定める設立準備会、定款作成、創立総会、栃木県知事に対する設立認可の申請、同知事による設立認可、設立登記等の法定の手続を経て設立されたことは当事者間に争いのないところであるから、農業協同組合にも類推適用すべき中小企業等協同組合法第三二条(商法第四二八条を準用)にもとずき設立無効の訴を提起しないで被告が訴外組合の無効を主張することはできないというべきであり、したがつて、訴外組合の設立は無効であるから同組合は有効に法人格を取得していない旨の被告の主張は、これを採用することができない。

二、請求原因(一)記載の事実については当時者間に争がない。

三、証人横松正二、同田代名兵衛、同大関幸一の各証言と右証言によつて成立を認め得る甲第一号証、第二号証(但し郵便局の公証部分については成立に争がない)、第八号証、成立に争のない甲第四号証、第七号証によると、原告は、昭和三一年四月一二日付証書により、訴外組合に対し、原告主張の約定(請求原因(二)(1) ないし(4) 記載のとおり)で事業資金として金四、三〇〇、〇〇〇円を貸し付け、訴外彦一ほか一一名がその連帯保証、県信連がその保証をしたこと、訴外組合は、右約定にもとずく第一回年賦金四七五、九七七円(訴外組合は、第一回年賦金支払期日前に金九八、五〇〇円を弁済したので、年賦金が当初の金額より右金額に変更されたことは原告の自認するとおりである)の支払をしなかつたので、昭和三四年三月二〇日、原告は、訴外組合に対し、前記約定にもとずき払込期日を同年四月一五日と定めて本件貸付金のうち期限未到来分金四、〇四〇、六三六円につき繰上償還の請求をなし、さらに右金員に対する第一回年賦金弁済期日の翌日である昭和三三年九月二日から右指定期日までの年七分五厘の割合による約定利息の支払を求めたことが認められる。

四、昭和三三年一〇月三〇日、訴外彦一は死亡したが、同人の長男で被告の実父である訴外白井正一がすでに昭和一九年七月一〇日に死亡していたので、被告が弟妹と共に代襲相続により訴外彦一の相続人となり、その相続分は二七分の一であつたことは当事者間に争がない。

五、右のとおりであるから、訴外彦一が訴外組合の連帯保証人として原告に支払義務を負つていた債務の一部を被告が相続したとして、被告に対し、(一)(1) 第一回年賦金から原告の訴外組合よりの預り金四、一一五円を差引充当した残額金四七一、八六二円からさらに訴外組合が県信連より弁済を受けたことを原告において自認する金九四、三七二円を差引いた残額金三七七、四九〇円、(2) 県信連による一部弁済前の第一回年賦金残額四七一、八六二円に対する昭和三三年九月二日(弁済期の翌日)から昭和三四年三月二日(県信連による右一部弁済のあつた日)までの金一〇〇円につき一日金四銭の割合による遅延利息金三四、三五一円、(3) 右(1) の金員に対する昭和三四年三月三日(県信連による右一部弁済のあつた日の翌日)から同年一〇月一五日(繰上償還の払込指定期日)までの右割合による遅延利息金三四、二七六円、(4) 繰上償還請求貸付元金四、〇四〇、六三六円から訴外組合が県信連から弁済を受けたことを原告において自認する金八〇八、一二七円を差引いた残額金三、二三二、五〇九円、(5) 右繰上償還請求金に対する昭和三四年四月一六日(繰上償還の払込指定期日の翌日)から同年一〇月一五日(県信連による右一部弁済のあつた日)までの前記割合による遅延利息金二九五、七七四円、(6) 右繰上償還請求金に対する昭和三三年九月二日から昭和三四年四月一五日までの年七分五厘の割合による約定利息金一八七、六四〇円から訴外組合が県信連から弁済を受けたことを原告において自認する金三七、五二八円を差し引いた残額金一五〇、一一三円、(7) 県信連による一部弁済前の右(6) の約定利息金一八七、六四〇円に対する昭和三四年四月一六日から同年一〇月一五日までの前記割合による遅延利息金一三、七三五円の合計金四、一三八、二四七円の二七分の一金一五三、二六八円、(二)右(一)(1) (4) (6) の合計金三、七六〇、一一一円の二七分の一金一三九、二六三円に対する昭和三四年一〇月一六日(県信連による右一部弁済のあつた日の翌日)から完済まで金一〇〇円につき一日金四銭の割合による遅延利息の支払を求める原告の本訴請求は理由がある。

六、よつて、原告の請求を全部認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小中信幸)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例